鉄道が好きな理由
どうもです。
今日は自分が鉄道が好きになった理由について書こうと思います。
我が家は自分が小さい頃に両親が離婚したのですが、父親が家を出て行ったため、そのまま自分と母親と父方のじいちゃん・ばあちゃんの4人で暮らしていました。小学校1年の時に母方の家の戻るまでそのような生活をしていました。
父方の家のじいちゃんは、昔の国鉄でバリバリ働く鉄道マンでした。ちょうど日本が敗戦から復興し、経済成長を遂げる時期だったので、その中での鉄道員の仕事はきっと日本を牽引する象徴的な職業だったと思います。私はまだ小さかったのでじいちゃんが鉄道員として働く姿は見たことはないですが、家には鉄道員としての功績をたたえる感謝状や機関車の写真や国鉄の制服がありました。
子どもの頃、暇さえあれば近くの駅に連れて行ってもらって、汽車を見せてもらっていました。毎日だいたい3時位に決まって貨物列車が到着するので、その時間に合わせて駅に行ったことをよく覚えています。買ってもらったおもちゃはもちろん「プラレール」でした。
そうして育ててもらったおかげで、鉄道や機関車がかっこよく思えたり、この汽車はどこまで行くんだろうと想像してみたり、線路はどこまで続くんだろうと考えてみたり・・・。無限に膨らむ鉄道のかっこよさやロマンが、子どもの頃からすでに自分には染み付いていたのかもしれません。今でも鉄道は好きだし、旅行も好きです。
父親のいない自分にとってはじいちゃんが父親のような存在で、鉄道のほかにも釣りや将棋や野球やセミの取り方やお経のよみかたやお風呂の焚き方など・・・。いろんなことを教えてもらいました。母方の家に戻った後もたまに泊まりに行ったり、高校生の時は毎日のように家によって、ご飯をご馳走になっていました。
3月17日。そのじいちゃんが亡くなりました。勤務中の学校に一報が入り、翌日が葬儀だとの事でした。私が大学に行き始めてから急に体が弱くなり、認知症の症状がでたり入院を繰り返していたのである程度の覚悟はしていたのですが、いざその連絡が来たとき、現実としてなかなか受け入れられませんでした。急遽翌日の葬儀の参加するために18、19、21日と休暇をいただき、朝一番の飛行機で帰省。飛行機の中で、棺に入れるための手紙を書きました。
葬儀に参加し、じいちゃんと最後のお別れをしました。棺のじいちゃんは国鉄の制服を着ていて、胸元には帽子がありました。釣りの道具も入れてありました。自分も花を棺に入れて、書いた手紙を棺におさめました。
鉄道をはじめとして、じいちゃんにはいろいろなことを教わって、そのひとつひとつに思い出や記憶が宿っています。それを大切にして、やがて自分に子どもができたとき、同じように伝えていければいいなと思っています。
悲しんでばかりもいられないので、月曜日から職場に復帰します。3学期もあと2日しかありませんが、休んでしまった分、しっかり働きます。
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